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陸上競技情報

有名選手(海外編)



第1回のオリンピックから始まった近代マラソンの歴史の中で、数多くのトップランナーが活躍し、歴史を塗り替えてきました。1900年代の初めにはわずかに3時間を切る程度だった男子フルマラソンの記録が、現在では2時間数分台のところまで到達し、数年中には2時間を切るとも言われています。スポーツとしてのマラソン研究が進み、様々なトレーニング方法が開発されたことや、機能的なシューズなどのアイテムが開発されたこともありますが、それに加えて、極限まで肉体を鍛え、厳しいトレーニングを続けるランナーたちの努力がありました。

アベベ・ビキラ(エチオピア)

アベベ・ビキラ(エチオピア)

エチオピア出身の男子陸上競技選手で、ローマオリンピックと東京オリンピックで史上初の2大会連続の金メダルを獲得しています。

1932年(昭和7年)、エチオピアの貧しい農家に生まれたアベベは、家業の手伝いをしたあとに入隊した皇帝の親衛隊で、訓練としてスポーツのトレーニングを受けます。足の速さが際立っていたアベベは、陸上競技の選手に選ばれ、さらに様々な練習を積むことになりました。マラソン代表選手に選ばれて出場した、1960年(昭和35年)のローマオリンピックでは、当時の世界最高記録である2時間15分16秒2で優勝し、一躍注目を集めます。また、用意した靴が壊れ、代わりの物を調達できなかったために裸足で走り、"裸足のアベベ"として話題になりました。

続く1964年(昭和39年)の東京オリンピックでも、金メダルを獲得。史上初の快挙で、再び世界中を沸かせました。3度目のオリンピックとなる、1968年(昭和43年)のメキシコ大会では途中棄権しています。翌1969年(昭和44年)、自動車事故に遭ったあとも様々な形でスポーツにかかわっていましたが、1972年(昭和47年)に41歳の若さで亡くなりました。

ワルデマール・チェルピンスキー(ドイツ)

ワルデマール・チェルピンスキー(ドイツ)

東ドイツ出身の男子陸上競技選手。1976年(昭和51年)のモントリオールオリンピックと1980年(昭和55年)のモスクワオリンピックで、2大会連続して金メダルを獲得しています。

1950年(昭和25年)生まれのチェルピンスキーは、モントリオール五輪選考会だったヴィッテンベルクでのマラソン大会に優勝してモントリオールオリンピックに出場しますが、ここまで、世界的にはほとんど注目されていない存在でした。そんな彼が優勝候補の最有力であったアメリカのフランク・ショーターを破り、当時のオリンピック最高記録となる2時間9分55秒で優勝したことで、一躍注目を集めることとなりました。

4年後のモスクワオリンピックにも出場しますが、この際にも優勝候補と目されてはおらず、予想外の優勝で再び話題となりました。この大会には日本が不参加で、優勝候補として注目されていた、瀬古利彦や宗茂、宗猛などの日本選手が参加できなかったため優勝できたとも言われています。

1984年(昭和59年)のロサンゼルスオリンピックには東ドイツが出場しなかったため、オリンピック3連覇は実現しませんでした。

エリック・ワイナイナ(ケニア)

エリック・ワイナイナ(ケニア)

1973年(昭和48年)生まれで、ケニア出身の男子陸上競技選手。2000年(平成12年)、シドニーオリンピックのマラソンで銀メダルを獲得しています。

ケニアのニャンダルワ市で生まれ、小中学校時代から通学で片道10km程度を走りながら少年時代を過ごします。高校で陸上部に所属し、大会で優勝するようになったところをスカウトされて、20歳のときに来日。コニカ(現在のコニカミノルタ)の陸上部に所属します。来日した翌年、1994年(平成6年)の北海道マラソンで優勝。これが初めて挑戦したマラソン大会ということで、非常に注目を集めました。

1995年(平成7年)の東京マラソンでも優勝し、1996年(平成8年)のアトランタオリンピックにケニア代表としてマラソンに出場し、銅メダルに輝きます。続くシドニーオリンピック、2004年(平成16年)のアテネオリンピックにも出場して、いずれも入賞という好成績を収めています。

現在は現役を引退して、日本で活躍しています。市民ランナーとの交流や子どもたちへの指導を行なう他、様々なマラソン大会に出場しています。

ウィルソン・キプサング・キプロティチ(ケニア)

ウィルソン・キプサング・キプロティチ(ケニア)

ケニア出身の男子陸上競技選手。2013年(平成25年)のベルリンマラソンで記録した、2時間3分23秒は、2014年(平成26年)8月現在、男子マラソンの世界記録です。2011年(平成23年)にパトリック・マカウ(ケニア)が出した記録を15秒更新しました。

トラック種目に出場していた時期が長く、初めてのマラソンは28歳のとき、2010年(平成22年)のパリマラソンでした。この大会で見事3位に入賞し、同年のフランクフルトマラソンでは優勝しています。続く2011年(平成23年)には、びわ湖毎日マラソンとフランクフルトマラソンで優勝。フランクフルトでは、当時の世界歴代2位の記録となる2時間3分42秒という記録を生み出しました。2012年(平成24年)にはロンドンマラソンでも優勝するなど、数々の輝かしい記録を残しています。

2012年(平成24年)のロンドンオリンピックでは、優勝候補として期待されたものの、3位に終わりましたが、翌年のベルリンで世界記録を更新。2014年(平成26年)のロンドンマラソンでも大会新記録で優勝するなど活躍を続けています。

182cmという長身を活かした大きなストライドが特徴で、高速レースを得意としています。1982年(昭和57年)生まれのキプサングは2014年(平成26年)現在32歳。マラソン選手としてはベテランの域に達しています。

パトリック・マカウ(ケニア)

パトリック・マカウ(ケニア)

ケニア出身の男子陸上競技選手。2011年(平成23年)のベルリンマラソンで記録した、2時間03分38秒のタイムは、男子マラソンの世界第2位の記録となっています。

アフリカ出身の多くのマラソンランナーと同様に、マカウも貧しい農家に生まれました。やがて陸上競技によって名を成すことを志すようになり、学校や州で長距離走の代表に選ばれるようになります。学校を卒業したのちは、ハーフマラソンや10~30kmのレースを中心に活躍し、好成績を収めます。初めてフルマラソンに挑戦した2009年(平成21年)のロッテルダムマラソンで、4位に入賞しました。ここからフルマラソンをメインに出場するようになったマカウは、2010年(平成22年)のロッテルダムマラソンとベルリンマラソンで優勝。2011年(平成23年)のベルリンマラソンでは、当時の世界記録を叩き出すとともに、元世界記録保持者であるハイレ・ゲブレセラシェを破ったことで、大いに話題となりました。

2012年(平成24年)のロンドンオリンピックに出場するケニア代表争いで、ウィルソン・キプサングやジョフリー・ムタイに後れを取り、出場を逃しましたが、2012年(平成24年)のフランクフルトマラソンで優勝するなど、依然として有力選手の一人として注目されています。

ハイレ・ゲブレセラシェ(エチオピア)

ハイレ・ゲブレセラシェ(エチオピア)

エチオピア出身の男子陸上競技選手。5,000mと10,000m、男子マラソンで世界記録を更新した経験を持つなど、男子長距離走で数々の偉業を成し遂げており、"皇帝"の名で知られています。1973年(昭和48年)生まれのゲブレセラシェは、17歳の頃から本格的に長距離走の練習を始め、1992年(平成4年)、世界ジュニア陸上競技選手権大会の5,000m走と10,000 m走で優勝します。この後、10,000 m走を中心に、世界陸上、オリンピックで次々と金メダルを獲得しました。2002年(平成14年)からはマラソンに転向し、2005年(平成17年)のアムステルダムマラソンで優勝。2007年(平成19年)と2008年(平成20年)のベルリンマラソンでは連続して優勝するとともに、世界新記録を達成しました。近年は途中棄権や出場取り止めなど、思わしい成績はありませんが、マラソン選手としての現役続行を表明しています。

エチオピアでは会社や学校を経営するなど多彩なビジネスを展開し、豪邸を所有。国民的な英雄として尊敬されており、陸上競技で成功を目指す若者が憧れる存在です。

ポーラ・ラドクリフ(イギリス)

ポーラ・ラドクリフ(イギリス)

イギリス出身の女子陸上競技選手。マラソンと10kmロードレースの世界記録を持っています。

1973年(昭和48年)生まれのラドクリフは、地元の陸上クラブに所属して、長距離走のトレーニングと経験を積んでいきます。1996年(平成8年)にはアトランタオリンピックの女子5,000mに出場。オリンピック初出場ながら、5位に入賞を果たします。その後、5,000mと10,000mを中心に多くの大会に出場し、優勝など好成績を収めます。

2002年(平成14年)からはマラソンに転向。初めてのマラソンで優勝という快挙を成し遂げ、タイムも当時の世界歴代2位を記録しました。同年のシカゴマラソンと2003年(平成15年)のロンドンマラソンでは、いずれも世界記録を更新。ロンドンで記録した2時間15分25秒は、2014年(平成26年)現在でも、誰にも越えられていません。

2007年(平成19年)には第1子を出産。復帰後の2007年(平成19年)、ニューヨークシティマラソンで優勝し、長女を抱いてウイニングランをするなど健在ぶりをアピールしました。2010年(平成22年)に第2子を出産したあとも、現役を続行しています。2012年(平成24年)のロンドンオリンピックも足の故障により欠場となるなど近年の成績は芳しくありませんが、女性として、母として活躍する姿は世界中の女性に希望を与えました。

リリア・ショブホワ(ロシア)

リリア・ショブホワ(ロシア)

ロシア出身の女子陸上競技選手。2011年(平成23年)のシカゴマラソンで世界歴代2位のタイムを記録しましたが、2014年(平成26年)にドーピングによる資格停止が発表されました。これにより、2009年(平成21年)10月以降の記録は抹消されることとなっています。

1977年(昭和52年)生まれのショブホワは、2004年(平成16年)のアテネオリンピック以降、3,000mや5,000mといった中距離のレースを中心に出場します。2009年(平成21年)以降はマラソンに転向し、4月のロンドンマラソンでは準優勝、10月のシカゴマラソンでは優勝しています。2010年(平成22年)でも両大会を制し、2011年(平成23年)のシカゴマラソンでは2分18分20秒を記録。これは女子マラソンの世界歴代2位の記録となっています。

2014年(平成26年)4月、ロシア陸上競技連盟から2年間の資格停止処分を受けました。ドーピングを調べる生体パスポート検査で異常が見つかったとのことで、資格停止は過去にさかのぼって適用されるため、2015年1月までとなります。

キャサリン・ヌデレバ(ケニア)

キャサリン・ヌデレバ(ケニア)

ケニア出身の女子陸上競技選手。2001年(平成13年)のシカゴマラソンで記録した、2時間18分47秒のタイムは当時の世界最高記録で、2014年(平成26年)現在でも歴代4位の記録となっています。

1972年(昭和47年)生まれのヌデレバは、1999年(平成11年)以前はロードレースを中心に活躍していましたが、出産後に始めたマラソンで頭角を現します。2000年(平成12年)のボストンマラソン優勝を皮切りに、2000年(平成12年)・2001年(平成13年)のボストンマラソンとシカゴマラソンを連覇。2001年(平成13年)のシカゴでは、世界最高記録を達成します。2002年(平成14年)の両大会でも準優勝するなど、女子マラソンの有力選手の一人として定着しました。その後、2008年(平成20年)までに、アテネ、北京のオリンピックで2大会連続の銀メダルを、世界陸上で金メダル2個、銀メダル1個を獲得するなど、主要なレースで大活躍をみせました。

大の親日家で、高橋尚子の親友としても知られ、日本各地のマラソン大会やイベントに出場していることもあり、日本でも知名度の高い選手です。