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マラソンの定義



マラソンとは、スタートからゴールまで42.195kmのコースを走り、その順位や時間を競う、陸上競技の長距離走の種目です。特別な道具や施設を必要とせず、複雑なルールもないシンプルな競技ですが、42.195kmという長い距離を走り抜く間には、様々な見どころがあります。どこまで速く走れるかという記録の更新が注目されるのはもちろん、肉体と精神の限界に挑む選手たちの戦いは、感動的な人間ドラマを生むことも少なくありません。

42.195kmのコースで行なうマラソンは正式にはフルマラソンと呼ばれ、この半分の距離で行なうハーフマラソンや、4分の1の距離で行なうクォーターマラソンなどもあります。また、これよりさらに長い距離を走るウルトラマラソンもあるなど、マラソンの形態は多様な展開を見せ、世界各地に多くの競技者を持つ人気種目となっています。

また、この長距離走にちなんで、長い時間を費やして物事を行なうことの例えとして、「マラソン外交」といったように、マラソンという語句を使用することもあります。

マラソンの起源

マラソンの起源

マラソンの名称は、次のような古代ギリシャの故事に由来しています。

紀元前400年、ギリシャのマラトン海岸にペルシアの大軍が押し寄せました。アテナイの名将は、奇襲作戦でこの大軍を撃破。勝利の知らせをアテナイへ届けるため、健脚で知られる戦士が選ばれます。彼はアテナイへ向かって、約40kmの距離をひた走り、城門に到着。「喜べ、勝利だ!」と告げると、そのまま絶命したと言われています。アテナイは現在のアテネとされており、このマラトンの戦いに由来してマラソンの名称が付けられました。

この歴史上の物語に由来した、マラトンの古戦場からアテネ・パナシナイコ競技場までの長距離走が、1896年(明治29年)にアテネで開かれた第1回オリンピックで行なわれました。これは、フランスの言語学者ミシェル・ブレアルの提案によるもので、マラソン競走の始まりとされています。優勝者はギリシャのスピドリン・ルイス選手で、時間は2時間58分50秒。コースの距離は36.75kmだったと言われています。また、1972年(昭和47年)からは、故事にちなんでアテネクラシックマラソンが開催されるようになりました。コースはマラトンからアテネの競技場までで、距離は42.195kmです。ちなみに2004年(平成16年)のアテネオリンピックでは、アテネクラシックマラソンと同じコースが使用されました。

マラソンの距離42.195km

マラソンの距離42.195km

マラソンの距離は当初、42.195kmではありませんでした。オリンピックの2回目以降は、40km前後を目安としてコースを設定。第2回パリ大会(1900年)は40.02km、第3回セントルイス大会(1904年)は39.09km、第4回ロンドン大会(1908年)は42.195km、第5回ストックホルム大会(1912年)は40.02km、第7回アントワープ大会(1920年)は40.244kmでした。

距離が統一されたのは、第8回のパリオリンピック以降で、これは第4回ロンドン大会の距離がそのまま採用されました。第4回大会の距離が42.195kmとなったことには、様々な逸話が残されています。当初は、国王が住むウインザー城のある公園から競技場までの26マイル(41.843km)とされていました。ところが、ときの国王エドワード七世が「バルコニーから見たいからスタート地点を宮殿の庭に」と命令したとか、王妃アレクサンドラが「スタート地点は宮殿の庭でゴールは競技場のロイヤルボックス前に」などと注文したため、距離が伸ばされたと言われています。

このロンドン大会で、最初に競技場に戻ってきたのは、イタリアのドランド・ピエトリ選手でした。しかし、彼は競技場の入り口でよろめいてコースを間違え、ついには倒れてしまいます。医師や大会役員に介抱されながらようやくゴールしたものの、担架で運ばれ、助けを借りたことで失格となりました。失格となったものの、ピエトリ選手の頑張りは多くの人に感動を与え、世界的な有名人となります。1920年(大正9年)、国際競技連盟はマラソンの正式な距離を決める際、このピエトリの悲劇に由来したイギリス陸連からの提案により、第4回ロンドン大会の距離である42.195kmを採用しました。そして、1924年(大正13年)の第8回パリ大会から実施され、今日に至っています。

マラソン人口の増加と競技の変化

マラソン人口の増加と競技の変化

42.195kmという長い距離を走るマラソンは、かつて、完走するのに危険を伴う競技でした。しかし、トレーニング方法が発達し、それが普及することで競技人口は増加。高機能のシューズなどの開発が進んだこともあり、記録も向上していきました。競技人口の増加に伴って、マラソン大会も多く開催されるように。エリート選手の走りを目にする機会が増えたことで、マラソンへの関心がさらに高まっていくことになりました。

競技の変化

競技の変化

かつてはトレーニングの研究が進み、選手育成費用なども潤沢な先進国が優秀な成績を収めてきましたが、近年はアフリカ勢の台頭が顕著です。ここ数年、世界の主要なマラソン大会では、アフリカ勢がほぼ上位を独占。特に男子マラソンの世界では、ケニア、エチオピアの国の選手たちがマラソン界のトップ集団を走っています。圧倒的なスピードでアフリカ勢がリードするマラソンは、粘り強さ、駆け引きといったこれまでのマラソンのイメージを覆しつつあります。