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オリンピックのトリビア



オリンピックは4年に1度のスポーツの祭典です。歴史が長い世界の一大イベントであることから、様々な逸話が語り継がれています。ここでは、オリンピックに関する様々なトリビアを紹介します。

オリンピックの開催や出場国に関するトリビア

オリンピックの開催や出場国に関するトリビア

今でこそスポーツが盛んに行なわれるようになりましたが、近代オリンピックが1896年に発祥してから、オリンピックが定期的に開催され、出場国が集まるまでには長い年月がかかりました。ここでは開催や出場国に関するトリビアを取り上げます。

冬季と夏季で別の年に開催されるようになったのは1994年から

近代オリンピック発祥時は夏季大会のみ催され、冬季大会も行なわれるようになったのは1924年からでしたが、当時は同年開催でした。夏と冬で2年ごとにずらして開催することが決定されたのは実は最近のことです。1992年のアルベールビル冬季大会では夏季大会と同年でしたが、2年後の1994年リレハンメル冬季大会から、競技人口の多い夏季大会の競技に比べ注目度が低いことなどを理由に、夏と2年ずれた年に冬季大会が開催されるようになりました。

ちなみに冬季大会開始当時は、夏季大会開催国に対し、冬季大会も行なう権利が優先的に付与されていました。

夏季冬季通してすべての大会に出場しているのは3ヵ国だけ

近代オリンピック発祥以降、すべての夏季大会に出場しているのはオーストラリア、スイス、フランス、イギリス、ギリシャの5ヵ国です。冬季大会に関しては、フランス、イギリス、スイスの3ヵ国だけです。つまり、夏冬通してすべてのオリンピック大会に出ているのは、イギリス、フランス、スイスの3ヵ国だけということになります。

選手に関するトリビア

オリンピックの主役はやはり出場する選手です。ここでは、競技で活躍した選手に関するトリビアに触れていきます。

最年少金メダリスト

競技をまたいで歴代最年少のオリンピック金メダリストは、なんと小学生だったという記録が残っています。1900年に行なわれたパリ大会のボート競技で、決勝に進出したオランダ選手が舵取り役にしたとのことで、7~10歳程度の少年と言うだけで名前などは残念ながら記録にないようです。

マラソンで55年後にゴールした選手がいる

日本がオリンピックに初出場した1912年ストックホルム大会でのできごとです。当時マラソンの世界最高記録保持者だった金栗四三は、マラソン競技に出場するも、32km程の地点で日射病に倒れ、民家で一晩介抱されました。その間に当然レースは終了してしまい棄権の手続きもできないまま、行方不明として処理されていました。

ところが1967年、金栗はストックホルム大会開催55周年記念式典に招待され、スウェーデンオリンピック委員会の計らいで、特別に用意されたゴールを切ることができました。これによって作られた記録は54年8ヵ月6日5時間32分20秒3、というもので、オリンピック史上最長のマラソン記録となっています。

メダルに関するトリビア

オリンピックを語るのに欠かせないのがメダルです。ここではメダルに関するトリビアも紹介します。

金メダルには最低6g以上金を使わなければいけない

金メダルを含め、メダルについてはオリンピック憲章で細かく規定が定められており、金メダルには最低でも6g以上の金を使用するよう決められているとのことです。また、金メダルでも土台は銀製で、その上に金をコーティングしているため、選手が金メダル獲得記念によく行なう「かじる」ポーズは、金を剥がすおそれがあるそうです。