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感動!日本のオリンピック名場面(1)



オリンピックは世界最高峰のスポーツの祭典です。世界の一流選手たちによる真剣勝負には、メダルを争う勝負以外にも、世界新記録や世代交代など、毎回見る人を感動させて止まない様々なドラマが生まれます。日本の選手も例外ではありません。ここではオリンピックにおける日本人選手の名場面から、夏季オリンピックに限定して触れていきます。

日本初の金メダル

日本初の金メダル

日本がオリンピックに参加したのは1912年にストックホルムで開催された第5回大会からでした。それから16年後の第9回大会、アムステルダムオリンピックで日本に初めての金メダルがもたらされました。日本人初の金メダリストは三段跳びの織田幹雄(おだみきお)選手です。掲揚する日章旗を用意しておらず、身を包むために用意されていた大型の日章旗が掲揚されました。

前畑ガンバレ

1936年のベルリンオリンピックは、大会前から200m平泳ぎの前畑秀子(まえはたひでこ)選手の金メダル獲得が期待されていました。世界新記録保持者でもあった前畑は、この大会で見事に金メダルを獲得します。当時のNHKアナウンサーは、ラジオ中継で「前畑ガンバレ」を20回近くも叫び、この実況を録音したレコードが発売されるなどのフィーバーぶりでした。

東洋の魔女

1964年の東京オリンピックで一躍有名となったのが東洋の魔女とよばれた、日本バレーボールチームです。もとは日紡貝塚女子バレーボールチームのニックネームですが、このチームを主体に日本代表チームが結成されたことから同じくこのニックネームが付けられました。日本にテレビの普及をもたらしたといわれる東京オリンピックですが、この決勝戦は視聴率66.8パーセントを記録しました。

メダル獲得最年少記録

1992年のバルセロナオリンピックでは、200m平泳ぎに登場した岩崎恭子(いわさききょうこ)選手が金メダルを獲得しました。大会前は注目度も低かった同選手ですが、金メダルを獲得したことで一躍時の人となります。また、レース直後のインタビューで語った「今まで生きてきた中で、一番幸せです」というフレーズは流行語ともなりました。

悲願の金メダル

2008年の北京オリンピックで注目を浴びたのが女子ソフトボールチームです。過去3大会で連続金メダルを獲得していているライバルのアメリカチームの前に、日本チームは苦渋を舐めてきました。打倒アメリカを目標に掲げ臨んだこの大会では、決勝でアメリカを破り見事に金メダルを獲得します。しかしこの大会を最後に、ソフトボールは実施競技から除外されることとなりました。